こんにちは。兵庫県神戸市中央区の歯医者 シニア歯科オーラルケアクリニック新神戸、院長の小松原秀紀です。新しく作ったはずの入れ歯が、期待とは全く違うつらい結果になってしまい、深く悩まれている方から、先日、胸が痛むようなご相談をいただきました。「保険適用の総入れ歯を作ったのですが、吐き気がして食べ物が飲み込めず、話すこともできず、痛くて結局外してしまっています。以前使っていた上の入れ歯は口蓋(上顎をおおう部分)を無くしてもらい快適だったのですが…。今の入れ歯を快適にすることは、もう難しいのでしょうか?」このお悩みは、決して特別なことではありません。むしろ、多くの総入れ歯ユーザーが一度は経験する可能性のある、非常に切実な問題です。しかし、結論から申し上げますと、諦める必要は全くありません。 今回は、なぜ新しい総入れ歯がこれほど多くの問題を引き起こしてしまうのか、その考えられる原因を一つひとつ解き明かし、そして、再び快適な入れ歯を取り戻すための具体的な改善策について、専門家の立場から詳しく解説していきます。
目次
- なぜ?新しい総入れ歯が引き起こす5つの苦痛(吐き気・嚥下困難・痛み・発音障害・咀嚼困難)の原因
- すぐにできる改善策の第一歩:歯科医院での「調整」
- それでも改善しない場合の原因究明:精密検査と根本的な問題の洗い出し
- 究極の快適さを求めて①:オーダーメイドの精密義歯(自費診療)という選択肢
- 究極の快適さを求めて②:上顎の口蓋を無くせる「インプラント」という選択肢
- まとめ
1. なぜ?新しい総入れ歯が引き起こす5つの苦痛(吐き気・嚥下困難・痛み・発音障害・咀嚼困難)の原因
ご相談いただいた5つの苦痛には、それぞれ考えられる原因があります。これらは単独で起こることもあれば、複数の原因が複雑に絡み合っていることも少なくありません。
- 吐き気・食べ物が飲み込めない(嘔吐反射・嚥下困難)
- 原因:上の総入れ歯の後ろの縁(後縁)が、必要以上に長すぎる可能性があります。上顎の奥には「軟口蓋(なんこうがい)」という柔らかい粘膜のエリアがあり、ここに異物が触れると強い吐き気を催す「嘔吐反射」が起こります。入れ歯の後縁がこのエリアにまで伸びていると、話したり飲み込んだりするたびに刺激され、吐き気や嚥下困難を引き起こします。また、入れ歯全体の厚みが過剰である場合も、舌のスペースを圧迫し、同様の症状が出やすくなります。
- 噛めない(咀嚼困難)
- 原因:「噛み合わせの高さ(咬合高径)」が、患者様本来の高さと合っていない可能性が最も高いです。噛み合わせが高すぎると、顎が疲れ、カチカチと音がして安定しません。逆に低すぎると、力がうまく入らず、口元のシワが深くなります。また、人工歯の並べ方(歯列)が不適切で、噛んだ時に左右均等に力がかからず、入れ歯が傾いたり浮き上がったりすることも大きな原因です。
- 話せない(発音障害)
- 原因:これも入れ歯の厚みや大きさが関係します。特に上の入れ歯の前歯の裏側あたりの厚みは、「サ行」や「タ行」などの発音に大きく影響します。この部分が厚すぎたり、形が不適切だったりすると、舌がスムーズに動かず、発音が不明瞭になります。
- 擦れて痛い
- 原因:入れ歯の内面が、現在の歯茎の形とピッタリ合っておらず、特定の箇所が強く当たっていることが考えられます。また、噛み合わせのバランスが悪く、噛むたびに入れ歯が動いてしまい、歯茎と擦れて傷(義歯性潰瘍)ができてしまいます。
これらの問題は、保険適用の入れ歯だから起こる、というわけではありません。保険・自費に関わらず、入れ歯の作製工程における、型取りの精度、噛み合わせの記録、人工歯の排列など、どれか一つでも不適切な部分があれば起こり得る問題なのです。
2. すぐにできる改善策の第一歩:歯科医院での「調整」
「もうこの入れ歯はダメだ」と諦めて外してしまう前に、まず絶対に試していただきたいのが、**作製した歯科医院での「調整」**です。新しい靴が、履き慣れるまでに靴擦れを起こすことがあるように、新しい入れ歯も、使い始めは粘膜に馴染まず、痛みが出ることがあります。これはある程度、仕方のないことです。重要なのは、痛いからといって外したままにせず、痛い箇所がある状態で歯科医院を受診することです。そうすることで、歯科医師は入れ歯のどこが強く当たっているのかを正確に特定し、その部分を削って調整することができます。 吐き気の問題であれば、入れ歯の後縁を少しずつ短くしたり、厚みを調整したりすることで、劇的に改善することがあります。噛み合わせの問題も、専用の紙を噛んでいただき、強く当たる部分を削って全体のバランスを整えることで、安定性が増し、噛めるようになるケースは少なくありません。この「調整」は、新しい入れ歯を自分のお口にフィットさせるために必須のプロセスです。最低でも3~5回程度は根気よく通院し、気になる点を遠慮なく歯科医師に伝え、微調整を繰り返してもらうことが、改善への最も現実的で重要な第一歩となります。
3. それでも改善しない場合の原因究明:精密検査と根本的な問題の洗い出し
丁寧な調整を繰り返しても、どうしても症状が改善しない場合、入れ歯の設計そのものに、より根本的な問題が隠れている可能性があります。その場合は、なぜ快適に使えないのか、原因をさらに深く究明する必要があります。例えば、作製時の型取り(印象採得)が、お口を閉じた安静時の状態だけでなく、話したり飲み込んだりするときの筋肉の動きまで考慮されていなかったのかもしれません。あるいは、噛み合わせの位置を決める際に、顎の正しい位置が正確に記録できていなかった可能性も考えられます。 ご相談のケースでは、「以前の入れ歯は口蓋の部分を無くしていた」という点が非常に重要なヒントになります。保険適用の上の総入れ歯は、吸着力を得るために、原則として口蓋を広く覆う設計となります。しかし、患者様によっては、この口蓋部分が異物感や吐き気の強い原因となることがあります。もし、調整で改善しないのであれば、現在の入れ歯が根本的に患者様のお口の形態や感受性に合っていない可能性が高いと言えます。その場合は、現在の入れ歯をこれ以上調整し続けるのではなく、なぜ合わないのかを診断してもらった上で、次のステップ、つまり「作り直し(新製)」を検討する必要が出てきます。
4. 究極の快適さを求めて①:オーダーメイドの精密義歯(自費診療)という選択肢
もし、保険診療の範囲内での調整や再製でも満足のいく結果が得られない場合、自費診療による「精密義歯」という選択肢があります。これは、保険診療のようなルールや材料の制約に縛られず、患者様一人ひとりのお口の状態に合わせて、最高の材料と技術、時間をかけて作製するオーダーメイドの入れ歯です。 例えば、材料一つとっても、保険のプラスチック(レジン)に比べて、はるかに薄くて丈夫な「金属(チタンやコバルトクロム)」を床の部分に使用できます。金属は熱の伝わりが良いので、食べ物の温かさや冷たさを感じやすく、食事がより美味しく感じられるという大きなメリットがあります。また、強度があるため、口蓋部分を大幅にくり抜いたU字型の設計(オープンパレート)にすることが可能となり、異物感や吐き気の問題を根本から解決できる可能性があります。作製工程においても、筋肉の動きまで精密に再現する型取り方法や、顎の動きを正確に記録する装置を用いるなど、快適な入れ歯を作るためのあらゆる手間と時間をかけることができます。 経済的なデメリットはありますが、「話す・食べる」という生活の根幹に関わる部分への投資として、生活の質(QOL)を劇的に向上させる価値のある選択肢と言えるでしょう。
5. 究極の快適さを求めて②:上顎の口蓋を無くせる「インプラント」という選択肢
ご相談者様が以前経験されたように、「口蓋部分を無くす」ことを最優先でご希望される場合、最も確実で効果的な方法が「インプラント」を利用した治療です。特に「インプラントオーバーデンチャー」は、総入れ歯のお悩みを解決するために非常に有効です。これは、上顎に4~6本程度のインプラントを埋め込み、それを土台として入れ歯を固定する方法です。インプラントが強力な支えとなるため、保険の入れ歯のように吸着力に頼る必要がなくなり、不快感の原因である口蓋部分を完全に取り払った、馬蹄形の開放的な入れ歯を作ることが可能になります。 これにより、吐き気の問題が解消されるだけでなく、ご自身の舌が直接上顎に触れるため、発音が明瞭になり、食べ物の本来の味や食感も楽しめるようになります。入れ歯自体もガッチリと固定されるため、硬いものでもしっかりと噛むことができ、「痛い」「噛めない」といった悩みからも解放されます。外科手術が必要であることや、経済的な負担が大きいというデメリットはありますが、これまでの総入れ歯の常識を覆すほどの快適さと機能性を取り戻すことができる、画期的な治療法です。
まとめ
新しく作製した総入れ歯が合わず、本当につらい思いをされていることと存じます。しかし、どうか「もうダメだ」と諦めないでください。そのお悩みには、必ず原因があり、そして解決策も存在します。まずは、作っていただいた歯科医院で、症状を具体的に伝え、根気よく調整をしてもらうこと。それが改善への第一歩です。それでも難しい場合は、なぜ合わないのか、根本的な原因を診断してもらいましょう。そして、その先には、金属床などを用いたオーダーメイドの「精密義歯」や、口蓋を完全に取り払える「インプラント」を利用した治療法など、より快適な生活を取り戻すための様々な選択肢があります。大切なのは、ご自身の悩みを一人で抱え込まず、信頼できる歯科医師に相談し、納得のいく解決策を一緒に見つけていくことです。再び笑顔でお食事や会話を楽しめる日は、必ずやってきます。