こんにちは。兵庫県神戸市中央区の歯医者 シニア歯科オーラルケアクリニック新神戸、院長の小松原秀紀です。当院の名称に「シニア」と掲げていることもあり、入れ歯に関するお悩みは日々、数多くお伺いします。先日、お祖父様を想う、心優しいお孫さんから、このような切実なご相談をいただきました。「祖父は総入れ歯なのですが、外食の時に安定剤を使っても、噛むとグラついてしまうようです。食事を楽しめていないようで、何とかしてあげたいのですが、何か良い方法はありますか?」これは、入れ歯をお使いのご本人様はもちろん、ご家族にとっても非常につらく、また、よくあるお悩みです。ご家族との楽しい外食の席で、食べたいものを自由に選べず、口元を気にしながらお食事されているお姿を見るのは、誰にとっても悲しいことでしょう。「入れ歯だから仕方ない」と諦めてしまう方もいらっしゃいますが、決してそんなことはありません。今回は、なぜ入れ歯がグラついてしまうのか、その根本的な原因から、最新の歯科医療でご提案できる具体的な解決策まで、段階を追って詳しく解説していきます。
目次
- なぜピッタリだったはずの総入れ歯が、グラついてくるのか?
- まずは試したい基本的な対策:歯科医院での「調整」と「裏打ち(リライン)」
- 根本的な解決を目指す選択肢①:入れ歯の「作り直し(新製)」
- 究極の安定性を求めて:選択肢②「インプラントオーバーデンチャー」という革命
- 各治療法のメリット・デメリット比較と、お食事を楽しむための第一歩
- まとめ
1. なぜピッタリだったはずの総入れ歯が、グラついてくるのか?
まず、一番大切なことからお話しします。入れ歯がグラついてくるのは、多くの場合、入れ歯そのものが変形したからではなく、「患者様のお口の中(顎の骨や歯茎)が変化した」ことが原因です。歯が一本もない総入れ歯は、歯茎の土手、専門的には「顎堤(がくてい)」と呼ばれる部分の上に乗っかることで安定します。特に上の総入れ歯は、上顎の広い面に唾液を介して吸盤のように吸着しています。しかし、ご自身の歯がなくなってしまうと、これまで歯を支えていた顎の骨は、「支えるべきものがない」と判断し、刺激がなくなることで、少しずつ痩せていってしまいます。これを「歯槽骨の吸収」と呼びます。これは、使わない筋肉が衰えていくのと似た、自然な生理現象です。顎の骨が痩せると、その上にある歯茎も当然、形を変えたり、沈み込んだりします。つまり、数年前に作った時にはお口の形にピッタリだった入れ歯も、時間が経つにつれて、内面と歯茎との間に隙間ができてしまうのです。この隙間が、入れ歯がグラついたり、ガタガタしたりする最大の原因です。入れ歯安定剤は、この隙間を一時的に埋めてくれる便利なものですが、あくまで応急処置に過ぎません。顎の骨の吸収が進むにつれて隙間はどんどん大きくなるため、安定剤の量を増やしても、すぐに効果が薄れてしまうようになるのです。グラつきは、お口と入れ歯が合わなくなってきたサインと捉えることが重要です。
2. まずは試したい基本的な対策:歯科医院での「調整」と「裏打ち(リライン)」
「グラつくから、もう作り直すしかないのか」と考える前に、まず試すべき基本的な対策があります。それは、かかりつけの歯科医院で入れ歯の状態を診てもらうことです。その際に行われる代表的な処置が「調整」と「裏打ち(リライン)」です。 「調整」とは、入れ歯が歯茎の特定の部分に強く当たって痛みが出ている場合や、噛み合わせのバランスが少しだけズレている場合に、入れ歯の一部をわずかに削って修正する作業です。これだけでも、痛みが取れて安定性が増すことがあります。 そして、顎の骨が痩せてできた隙間に対して非常に有効なのが「裏打ち(リライン)」という処置です。これは、今お使いの入れ歯の内面に、新しく樹脂や柔らかいシリコンの材料を一層盛り足して、現在の歯茎の形にピッタリと合わせ直す修理方法です。歯科医院で直接材料を盛り足して短時間で完了する方法(直接法)と、一度型取りをして、より精密に仕上げるために数日お預かりする方法(間接法)があります。この裏打ちを行うことで、失われていた吸着力が回復し、まるで新品の頃のようなフィット感を取り戻せる場合があります。 身体的なメリットは、今お使いの入れ歯を活かせるため、新しい入れ歯に慣れる期間が不要なことです。経済的にも、新しく作るよりはるかに安価で済みます。デメリットとしては、あくまで修理ですので、入れ歯の人工歯がすり減っている場合や、入れ歯自体に大きな劣化がある場合は、根本的な解決には至らないことがあります。まずは、この方法で改善が見込めるか、歯科医師に相談してみるのが良いでしょう。
3. 根本的な解決を目指す選択肢①:入れ歯の「作り直し(新製)」
調整や裏打ち(リライン)をしても安定性が十分に得られない場合や、そもそも入れ歯自体が古くなっている場合には、根本的な解決策として「作り直し(新製)」を検討します。特に、以下のようなケースでは作り直しが推奨されます。
- 顎の骨の吸収が著しく、裏打ちだけでは対応できないほど大きな隙間がある場合。
- 長年の使用で、入れ歯の人工歯がすり減ってしまい、食べ物を噛み砕く効率が著しく落ちている場合(咬合高径の低下)。
- 噛み合わせの平面が傾いていたり、入れ歯にひび割れや大きな傷があったりする場合。
新しい入れ歯を作るメリットは、現在の顎や歯茎の形を精密に型取りし、噛み合わせや筋肉の動きまで考慮してゼロから設計できるため、格段に安定性が高く、機能的な入れ歯が手に入ることです。これにより、お食事の際のグラつきや痛みが解消され、審美的にも若々しい口元を取り戻すことができます。経済的には、保険適用の入れ歯であれば費用負担は抑えられますし、より薄くて快適な金属床義歯や、見た目が自然なものなど、自費診療の選択肢も豊富にあります。治療期間は、精密な型取りや噛み合わせの記録、試適などを丁寧に行うため、完成までに1ヶ月から2ヶ月程度、5~6回の通院が必要となります。デメリットとしては、新しい入れ歯に慣れるまでに少し時間がかかる場合があることですが、お祖父様のお悩みを根本から解決できる可能性が最も高い、スタンダードな治療法と言えるでしょう。
4. 究極の安定性を求めて:選択肢②「インプラントオーバーデンチャー」という革命
「何をしても、どうしても下の総入れ歯が動いてしまう」「もっと硬いものを気にせず食べたい」そんなお悩みをお持ちの方に、現代の歯科医療が提供できる究極の選択肢が「インプラントオーバーデンチャー」です。これは、顎の骨に2~4本程度の最小限のインプラント(人工歯根)を埋め込み、そのインプラントを土台として、入れ歯をパチンとボタンのように固定する方法です。入れ歯自体は従来通り取り外しが可能ですが、装着時にはインプラントが強力な支えとなるため、従来の総入れ歯とは比較にならないほどの圧倒的な安定性を得ることができます。リンゴの丸かじりやお煎餅、お餅など、これまで総入れ歯では諦めざるを得なかった食べ物も、自信を持って楽しめるようになります。 身体的なメリットは、入れ歯が動かないことで歯茎が傷つくことがなくなり、しっかり噛めることで消化を助け、全身の健康増進にも繋がることです。また、インプラントが顎の骨に刺激を与えるため、骨が痩せていくのを防ぐ効果も期待できます。精神的なメリットは計り知れず、「外食時に外れる心配がない」「人前で話すことに自信が持てる」など、生活の質(QOL)を劇的に向上させます。 もちろん、デメリットもあります。インプラントを埋め込むための簡単な外科手術が必要であること、保険適用外のため経済的な負担が大きいこと、治療期間が数ヶ月単位でかかることなどが挙げられます。しかし、そのデメリットを補って余りあるほどの快適さと満足感をもたらしてくれる、非常に優れた治療法です。特に、顎の土手が痩せてしまい、入れ歯の安定が困難な下顎において、その効果は絶大です。
5. 各治療法のメリット・デメリット比較と、お食事を楽しむための第一歩
これまでご紹介した解決策をまとめ、比較してみましょう。
- 調整・裏打ち(リライン)
- メリット:短期間、低コストで、今ある入れ歯を活かせる。
- デメリット:あくまで修理。根本的な問題(歯の摩耗、大きな不適合)は解決できない。
- こんな方へ:作りたてからそれほど時間が経っておらず、少しのガタつきが気になる方。
- 作り直し(新製)
- メリット:現在の口に最適な入れ歯が手に入る。機能・審美性を大幅に改善できる。
- デメリット:完成までに時間と回数がかかる。新しい入れ歯に慣れが必要。
- こんな方へ:今の入れ歯を長く使っており、全体的に不具合を感じている方。
- インプラントオーバーデンチャー
- メリット:圧倒的な安定性。硬いものでも噛める。骨が痩せるのを防ぐ。
- デメリット:外科手術が必要。高コスト(自費診療)。治療期間が長い。
- こんな方へ:何をやっても入れ歯が安定しない方。食事の質を根本から改善したい方。
どの方法がお祖父様にとって最善であるかは、お口の中の状態、全身の健康状態、そしてご本人のご希望によって異なります。大切なのは、「グラつくのは仕方ない」と諦めずに、まずは歯科医師に相談してみることです。専門家による診査・診断を受けることが、お祖父様が再びお食事を楽しむための、最も重要で確実な第一歩となります。ご家族が付き添って一緒に話を聞くことで、お祖父様も安心して治療に臨めるでしょう。
まとめ
ご家族との外食は、人生における大きな喜びの一つです。その大切な時間を、入れ歯のグラつきという悩みで台無しにしてしまうのは、あまりにも残念なことです。ご相談いただいたお祖父様のケースのように、入れ歯安定剤を使ってもグラつくというのは、入れ歯とお口の状態が合っていないという明らかなサインです。その原因は、多くの場合、加齢と共にお口の中の骨や歯茎が痩せて変化することにあります。しかし、その問題は決して「仕方ない」ことではありません。歯科医院での簡単な「裏打ち(リライン)」から、現在の状態に合わせた「作り直し」、そして「インプラントオーバーデンチャー」という画期的な方法まで、現代の歯科医療には、そのお悩みを解決するための様々な選択肢があります。どの方法が最適かを見つけるためにも、まずは勇気を出して歯科医院の扉を叩いてみてください。私たち歯科医師は、患者様一人ひとりに寄り添い、再び食事の喜びを取り戻すためのお手伝いをさせていただくことを、何よりの使命としています。